団体交渉・労働組合対応
労働協約の規範的効力と債務的効力
1 労働協約の効力
労働協約の当事者について労働組合法14条は、団体交渉の当事者と同じく「労働組合と使用者又はその団体」と規定しています。
労働協約には、組合員の労働契約を規律する「規範的効力」と労働協約の締結の当事者である労働組合と使用者間の契約としての効力の「債務的効力」があります。
2 労働協約の規範的効力
規範的効力は、さらに、「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」に違反する場合に当該労働契約の部分を無効化する「強行的効力」と、無効となった部分及び労働契約に定めのない部分を労働協約により定められた基準によって規律する「直律的効力」に分けて議論されています(労働契約法16条)。
3 労働協約の有利原則
有利原則とは、労働協約より有利な定めをした労働契約の内容が、労働協約の定める基準に引き下げられないことを認める考え方です。
日本の労働組合法は有利原則を定めておらず、労働協約の締結当事者である労働組合と使用者の意思解釈の問題として検討するべきとされています。
4 債務的効力
労働協約の債務的効力とは、使用者と労働組合間の契約としての効力を指し、組合員の範囲、ユニオンショップ協定、団体交渉の手続き・開催場所等のルール、平和義務・スキャップ禁止協定等の争議行為に関するルール、解雇等の人事協議・同意条項等が具体例として挙げられます。
5 ユニオンショップ協定
ユニオンショップ協定とは、当該使用者企業に雇用された労働者は、当該労働組合に加入する必要があり、加入しない労働者及び当該労働組合の組合員でなくなった労働者を使用者が解雇するべきことを定める協定です。
三井倉庫港運判決(最高裁平成元年12月14日)は、「ユニオン・ショップ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分」は民法90条の定める公序良俗に反し無効と判断しています。
6 平和義務
労働協約の締結当事者が労働協約の有効期間中に当該労働協約に定められた事項の改廃を目的とした争議行為を行わないという平和義務違反については、労働組合が損害賠償義務を負うほか、使用者としては差止請求による対応も考えられます。
平和義務に違反する争議参加者に対する懲戒処分の可否については、否定する最高裁判例と、可能性を示唆する学説の議論があります。
不当労働行為
1 不当労働行為とは
労働組合法7条によって禁止されている、労働組合や労働者に対する使用者からの一定の行為で、不利益取扱い・黄犬契約(1号)、団交拒否(2号)、支配介入(3号)、報復的不利益取扱い(4号)が規定されており、複数の不当労働行為が同時に成立することもあります。
不当労働行為の主体は、原則として当該労働者が労働契約を締結している相手方企業(労働契約法上の使用者)ですが、労働条件について「現実的かつ具体的に支配・決定することができる地位にある者」として直接の労働契約の相手ではない企業が含まれることもあります(最高裁平成7年2月28日判決〔朝日放送事件〕)。
また、解雇や、採用拒否などの場面では、「過去に使用者であった者」、「将来使用者になる可能性がある者」が含まれることになります。
不当労働行為に対しては、都道府県労働委員会に対し、不当労働行為から1年間、救済申立てができ(労組法27条1項、2項)、労働委員会は、不当労働行為が存在すると認定した場合には救済命令を発することになります。
2 不利益取扱い(労組法7条1号前段)
⑴ 労働組合員であること、労働組合加入、労働組合結成、労働組合の正当な行為を理由と
する不利益取扱いが禁止されています。
不利益取扱いには、身分上、人事上、経済上の不利益扱いのほか、事実上の嫌がらせ、昇進させて組合員資格を失わせること等も含まれ、不当労働行為意思(反組合的な意図ないし動機)が必要とされています。
⑵ 最高裁平成15年12月22日判決(JR北海道・日本貨物鉄道事件)は、「従前の雇用
契約関係における不利益な取扱いにほかならないとして不当労働行為の成立を肯定することができる場合」等の特段の事情がない限り、採用拒否が不利益取扱いに該当しないと判示しましたが、学説上は強い批判がある点は注意が必要です。
なお、事業譲渡の譲受企業における採用拒否が不利益取扱いに該当するとした東京高裁平成14年2月27日判決(中労委(青山会)事件)があります。
⑶ 反組合的な動機と正当な動機が併存している場合について、最高裁平成10年4月28
日判決(東京焼結金属事件)は、相当因果関係説ではなく、不利益取扱い禁止事由と不利益取扱い正当化事由のいずれが決定的であったかにより認定する決定的動機説を採用しています。
⑷ 考課・昇進・昇格について、不利益取扱いであることを肯定した東京地裁平成13年8
月30日判決(中労委(朝日火災海上保険)事件)があります。
3 黄犬契約〔yellow-dog contract〕(労組法7条1号後段)
労働組合に加入しないこと、または、労働組合を脱退することを雇用の条件にすることが禁止されています。
4 団体交渉拒否(労組法7条2号)
雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなく拒むことは禁止されています。
不誠実な交渉態度の継続や行き詰まり前の交渉打ち切りなどが、誠実交渉義務違反と争われることがあります。
5 支配介入(労組法7条3号)
⑴ 使用者が、労働組合の結成・運営を支配しまたはそれに介入すること、労働組合の運営
のための経費の支払について経理上の援助を与えることで、労働組合の弱体化を禁止する規定です。
労働組合脱退の働きかけ、組合幹部の解雇・配転、組合活動の妨害、組合事務所貸与の中止、第二組合の結成支援など該当しうる行為は多岐にわたります。
⑵ 使用者側の言論が支配介入に該当するとされた例として、労働組合が上部団体に加入し
たことを非難し、脱退しなければ人員整理もありうるとの演説をした事例や、ストについて会社も重大な決意をせざるを得ないと述べ不参加を呼びかける声明文を発出した事例、更生管財人(企業再生支援機構のディレクター)の争議権が確立されれば公的資金の出資ができないとの伝達が出された事例等があります。
⑶ 会社施設の利用拒否については、「利用を許さないことが当該物的施設につき使用者が
有する権利の濫用であると認められるような特段の事情」(最判昭54・10・30 国鉄札幌運転区事件)がない限り、施設利用の中止命令、集会妨害、警告書交付などの措置は、該当しないとされています。
⑷ 十分な交渉なしに労働協約を一方的に解約することが不当労働行為とされる場合があり
ます(東京高判平・2・12・26 駿河銀行事件)。
6 報復的不利益取扱い(労組法7条4号)
労働者が労働委員会に対し不当労働行為の救済申立てをしたこと等によって、不利益取扱いをしてはならないことが規定されています。
団体交渉の具体的対応
1 日時、場所
団体交渉申入書には、団体交渉を行う日時、場所を指定してくることが多いですが、従わなかったからといって直ちに不当労働行為と評価されるわけではなく、企業担当者の都合も踏まえて日程調整を行うことが通常です。
団体交渉の時間は協議事項の内容次第ということもありますが、通常、1時間から2時間程度であることが多いと思います。
それ以上の時間に及ぶと、充実した団体交渉とはならないと考えます。
協議事項については、できるだけ事前に書面等のやりとりで特定しておくのがよいでしょう。
場所については、労働組合側は団体交渉申入書において労働組合事務所や会社事務所を指定してくることが多いですが、できるだけ貸会議室などでおこなうことが一般に望ましいと思います。
会社の会議室等で行う場合には、勤務中の従業員や来社している取引先の関係者への影響を想定しておくことが必要です。
なお、団体交渉の日時を数か月先に指定するなど、いたずらに団体交渉の日時を先延ばししたり、場所についても名古屋で発生した労災事故に関する団体交渉の申入れに対して、本社機能がある東京を団体交渉の場所として固執したりするなどすれば、不当労働行為と評価される可能性も出てくるでしょう。
2 出席者
団体交渉に誰を出席させるかは、使用者が判断するべきであって、労働組合が指定する人物を出席させる義務は原則としてありません。
労働組合側からは、社長の出席を求められることが多く、社長が基本的にはすべての決定権限を持っていることから、望ましい場合もあります。
一方で、社長を出席させなかったからといって直ちに不当労働行為となるものではないことから、団体交渉の協議事項に関する事実関係を最も把握している社員を出席させるべきとの判断をすべき場合もあります。
労働組合側が大人数を引き連れてくると充実した団体交渉ができない可能性もあることから、「企業側は、人事部長、直属の上司及び弁護士の合計3名で対応しますので、組合側の交渉担当者も3名までとしてください。」などと申入れをする場合もあります。
使用者側の弁護士が出席する場合、当日の団体交渉においては、細かい事実関係に対する回答は企業担当者に委ね、それ以外の協議事項に対する大枠の回答及び法律関係に関する回答は使用者側弁護士が担当するなど、あらかじめ役割分担を決めておくとスムーズに団体交渉が実施されることにつながります。
「交渉の行き詰まり」による団体交渉打切りと誠実交渉義務
労働組合との団体交渉における誠実交渉義務は、経営者・使用者側に譲歩するまでの義務を課すものではありません。
ここでの「誠実」性は、使用者側の交渉態度だけでなく労働組合側の交渉態度も考慮して判断されるべきだと考えられます。
団体交渉の進展が見込まれなくなれば、上記のとおり誠実交渉義務が使用者に譲歩する法的義務を課するものではないことから、団体交渉を継続する意義がなくなったとして(交渉の行き詰まり)、団体交渉の継続を使用者側が打ち切った場合には、正当な理由がないとはいえないとした最高裁平成4年2月14日判決があります。
上記のような理由でいったん、団体交渉の打ち切りが正当と評価される場合であっても、その後の月日の経過や事情変更により、団体交渉を再開する意義が出てくる場合もあり得るところです。
したがって、「交渉の行き詰まり」を判断するにあたっては、その解消ないし消滅の事情がないかについても、諸般の事情を考慮する必要があります。
いわゆる義務的団交事項に該当するかや、会社の代表者又はこれに準じる権限のある者を出席させるべきか、経営資料の提出の義務や範囲等が問題となることもあります。
誠実交渉義務とその留意事項
1 誠実交渉義務とは
労働組合との団体交渉における誠実交渉義務について、労働組合法7条2号が、「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」を不当労働行為として禁止しており、その具体的な内容について、カール・ツアイス事件(東京地裁平成元年9月22日判決)の、「使用者には、誠実に団体交渉にあたる義務があり、したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、労働組合の要求や主張に対する回答や自己の主張の根拠を具体的に説明したり、必要な資料を提示するなどし、結局において労働組合の要求に対し譲歩することができないとしても、その根拠を示して反論するなどの努力をすべき義務があるのであって、合意を求める労働組合の努力に対しては、右のような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるものと解すべきである。使用者の団体応諾義務は、労働組合の要求に対し、これに応じたり譲歩したりする義務まで含むものではない。」という判示が一般に紹介されます。
2 具体的な留意事項
⑴ 合意に達した項目の書面化の拒絶の評価
労働組合との団体交渉において合意に達した項目についてその書面化を使用者側が拒絶することは、原則として団体交渉拒否の不当労働行為と考えられています。
しかし、そもそも合意に達したといえるか、団体交渉が妥結したといえるかについては慎重な判断を要するとも考えられています。
最高裁平成7年1月24日判決が、全体の合意の成立を条件とする仮定的に譲歩された項目について、当該項目について確定的に合意がなされたことを否定し、書面化の拒絶について不当労働行為には該当しない旨判断したことが参考になります。
⑵ 直接話し合う方式をとらない場合
使用者が書面の交換による協議に固執し、労働組合と直接話し合うことを拒否した場合、誠実交渉義務違反があると一般的に言われています。
最近では、新型コロナの影響で、労働組合側からWEB会議方式による団体交渉の申入れも行われているようです。
労働組合がコロナ禍においても直接話し合う方式に固執する場合や、逆に労働組合がWEB会議方式を希望している場合で使用者側が直接話し合う方式に固執する結果団体交渉ができない場合の評価は難しい問題だと考えられます。
直接話し合う方式の場合、開催場所や開催時間、出席人数も慎重な検討を要します。
⑶ 使用者側の出席者が実質的な交渉権限を与えられていない場合
使用者側の交渉担当者が実質的な交渉権限を与えられておらず、労働組合の要求を聞くだけ、又は責任者と相談のうえ後日回答するという返答に終始するような場合については、誠実交渉義務の観点から問題となることがあります。
労働組合側は代表取締役の出席を求めることが多い傾向にありますが、交渉担当者が必ずしも最終的な決定権限までは要しないとした労働委員会の判断もあり、団体交渉義務が使用者側に法的に譲歩までを求めるものではないという観点からも、その場で回答をしないこと自体が不誠実とは評価されないと考えられます。
なお、弁護士や社会保険労務士が出席する際にも、注意が必要です。
⑷ 経営資料の開示の位置づけ
使用者としては、経営資料の労働組合に対する開示に拒否感を示すことが通常だと考えられます。
しかし、①使用者が可能な限り具体的な数値を明らかにして回答根拠の説明をすべきであったことを前提に、労働組合が業務状況から使用者の正確な経営状況を理解していたとはいえないこと、および、当該資料の開示による弊害が生じるおそれは認められないこと等を理由に計算関係書類の不開示が誠実交渉義務違反に当たると認定した例や、②使用者が主張するとおり朝礼や各部署での経営状態の説明及び当該説明時に質疑応答や提案の機会が設けられていたとしても、当該機会は説明を従として行われるものにすぎず、団交に代わる役割を果たすものでないことを指摘して、誠実交渉義務違反を認定した事例、③労働組合が使用者に対し、労働協約及び団交中の合意に基づき賞与及び昇給額の決定に使用した「売上、利益その他査定に使用した資料」の開示を再三求めたにもかかわらず、これを開示しなかったことにつき誠実交渉義務違反を認定した裁判例があり、ここでいう経営資料の具体的な中身も含めて、慎重な対応が求められます。
団体交渉と不当労働行為
1 労働組合が使用者と団体交渉を行う権利は、団体交渉権として憲法28条で保障されてい
ます。
憲法が団体交渉権を保障した目的は、労使間の交渉力の格差を是正して、対等な労使関係 を促進するためです。
この目的を達成するため、労働組合は労働組合法7条の規定により、不当労働行為制度の保護を受けることとなっています。
2 使用者は、労働組合への対応にあたって不当労働行為と評価されるような言動を行わない
ようにする必要がありますが、特に団体交渉やそれに付随する場面では、以下のような点に
気を付けなければなりません。
⑴ 団交拒否
使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否すると、不当労働行為となります。
特に、合同労組(ユニオン)から団体交渉の申入れがあった場合に、ユニオンの大半の組合員が自社の労働者ではないことから、団体交渉を拒否する使用者もいますが、一般的にはユニオンも労働組合法上、労働組合であることから、団体交渉を拒否することは困難です。
⑵ 不誠実団交
労働組合と合意するつもりがないという態度を取る、根拠のない主張に固執する、意味のない引き延ばしを行う等の行為が該当します。
⑶ 支配介入
自社の労働者が労働組合に加入しないよう牽制したり、労働組合に加入した労働者に脱退するよう働きかけたり、労働組合に対して誹謗中傷する等の行為が該当します。
使用者としては、労働組合の弱体化を図る意図がなかったとしても、組合の活動や運営に影響を及ぼすような言動であれば、支配介入となることに注意が必要です。
3 不当労働行為に該当するか否かの判断は非常に難しいため、労働組合法に詳しく団体交渉
の経験が豊富な弁護士に相談をした上で対応する必要があります。