労災対応
コロナと労災認定
新型コロナウイルス感染症の広がりを受けて、厚生労働省は令和2年2月3日付けで通達(基補発0203第1号)を出し、新型コロナウイルス感染症が労災保険給付の対象となることを明らかにしました。
同通達が「一般に、細菌、ウイルス等の病原体の感染を原因として発症した疾患に係る業務上外の判断については、個別の事案ごとに感染経路、業務又は通勤との関連性等の実情を踏まえ、業務又は通勤に起因して発症したと認められる場合には、労災保険給付の対象となる。」と述べるように、労働者が病気にかかった場合に、業務や通勤との因果関係が認められる場合には労災認定されるのが原則ですが、インフルエンザ等では感染経路を特定するのが困難であり、実際に労災認定される例はまれでした。
これに対し、厚生労働省は令和2年4月28日付けの通達(基補発0428第1号)で、「患者の診療若しくは看護の業務又は介護の業務等に従事する医師、看護師、介護従事者等が新型コロナウイルスに感染した場合には、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象となること」として、医療従事者等が新型コロナウイルス感染症にかかった場合は、柔軟に労災認定することを示しました。
また、医療従事者等以外の労働者であっても、複数の感染者が確認された労働環境下での業務や、顧客等との接触の機会が多い業務である場合は、「調査により感染経路が特定されない場合であっても、感染リスクが相対的に高いと考えられる(中略)ときには、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められるか否かを、個々の事案に即して適切に判断すること」としています。
このように、新型コロナウイルス感染症では業務との因果関係を広く認める方向が打ち出されていますので、従業員に感染者が出た会社の担当者は、労基署への相談を検討するべきでしょう。
厚生労働省のホームページでは、実際に労災認定された事例も公表されており、参考になります。
安全配慮義務についての最高裁の考え方
1 安全配慮義務の法的根拠
最高裁昭和50年2月25日判決(陸上自衛隊八戸車両整備事件)は、「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである」と判示した上で、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであって、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はな」いと判示し、信義則(民法1条2項)に基づき、使用者が安全配慮義務を負うことが明確になりました。
現在では、労働契約法5条が、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定し、法律上の根拠が明文化されています。
2 安全配慮義務の具体的内容について判断した最高裁判例
⑴ 航空自衛隊芦屋分遺隊事件(最高裁昭和56年2月16日)
国が、「安全配慮義務に違反し、右公務員の生命、健康等を侵害し、同人に損害を与えたことを理由として損害賠償を請求する訴訟において、右義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する原告にある」と判示し、安全配慮義務違反の事実の主張・立証責任は、これを主張する側にあることを明らかにしました。
安全配慮義務違反を主張する者は、単に抽象的な安全配慮義務の存在を主張するだけでは足りず、具体的安全配慮義務の内容を特定し、かつ、その不履行を主張立証しなければならないということになります。
⑵ 川義事件(最高裁昭和59年4月10日)
使用者は、労働者に対する報酬支払義務にとどまらず、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮する義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である」としたうえで、「もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的な内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもない」と判示しています。
⑶ 大石塗装事件(最高裁昭和55年12月18日)
直接の契約関係にない元請人に対しても安全配慮義務が生じる旨判断しています。
⑷ 最高裁平成24年2月24日判決
安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求を訴訟上行使するには弁護士に委任しなければ十分な活動が困難であるとして、弁護士費用も相当因果関係が肯定される損害と判示しました。
過重労働に起因する精神障害についての裁判所の考え方
1 電通事件判決(最高裁平成12年3月24日)
使用者である電通に使用者責任を認める際の判断として、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のある ことは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」と判示し、その後の裁判例は、この注意義務と同一内容の義務を安全配慮義務として判断しています。
また、労働者の性格等の心因的要因については、「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、・・・その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできない」という枠を設けています。
2 東芝事件判決(最高裁平成26年3月24日)
原審は、過重労働によって、うつ病を発症、憎悪したと判断し、安全配慮義務違反等に基づく損害賠償を認めたが、従業員が神経科の医院への通院、病名等を上司や産業医等に申告しなかったことは、東芝において当該従業員のうつ病の発症の回避、憎悪を防止する措置を執る機会を失わせる一因となったと判断し、損害額の2割の過失相殺を認めました。
最高裁は、従業員が東芝に「申告しなかった自らの精神的健康に関する情報は」、「労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり」、「通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。」と判示し、使用者である東芝において、「過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に務める必要があるものというべきである。」と判示し、過失相殺を認めませんでした。
3 素因減額、過失相殺肯定例
NTT東日本北海道支店事件(最高裁平成20年3月27日判決)では、業務上の過重負荷と労働者の基礎疾患が共に原因となって、労働者が急性心筋虚血により死亡した事案で、公平の観点から過失相殺の規定を類推適用しなかった原審は違法として差し戻しをしています。
関西医科大学研修医事件(大阪高裁平成16年7月15日)は、基礎疾患を有していた研修医が突然死した事案において、死亡逸失利益の算定に当たり、健康診断を受診する等していれば発症回避の可能性があったとして、2割の過失相殺を認めています。
労災民事訴訟では、過失相殺やその類推適用により損害額の調整が可能であり、業務と損害の発生の因果関係をやや緩やかに認める傾向があるとの指摘もなされています。